コミュニティ

スーパー英語教師うるとらうっち~のてんこもりブログ

働く意味って何ですか?学習する意味って何ですか?

自分で言うのも何ですが、うっち~は馬鹿が付くほどお人
好しです。お人好しというより、サービス精神が旺盛です。
1日24時間。体は1つ。それを忘れてあっちの人にもこ
っちの人にもサービスしようとするので、ついついオーバ
ーワークに陥ってしまいます。

人間の個性を12匹の動物に当てはめて、さらにキャラク
ター別に60分類する動物占い(“個性心理学”)で見ても
らったら、「“サービス精神旺盛なコアラ”ですね。サービス精神旺盛ゆえに、八方美人的に振る舞って、疲れ果てるタイプです。」と言われてしまいました。「そのまんまじゃねーか!」って感じです(笑)。

この“てんこもりブログ”の原稿も、ポイントだけ書いてさっさと送れば良いものを、初心者でもわかるように、できるだけ詳しく説明しようとするものだから、2枚が3枚になり、5枚になり、気付くと10枚を超えることもしばしばです。そのうち、「これじゃあいくらなんでも長すぎるな。言葉で説明するより動画を入れた方がわかりやすいよな。」と考えます。

 

思い立ったら即実行がうっち~の習性なので、レッスンを撮影するためにすぐに追加レッスンをやります。撮影した動画はそのままアップするわけにはいかないので、それを何時間もかけて2~3分にまとめます。しかし、そのままだと意図が伝わらないので、さらに何時間もかけてキャプションを入れます。それをYouTubeにアップして、ブログ原稿に動画のサムネイルを入れます。そして、原稿を半分以下に減らします。そこまで手を加えると、内容的にはかなりわかりやすくなります。

 

しかし、しかし、しかしですね。ここで不思議なのが人間の心理です。書き上げた原稿を見てうっち~が味わうのは、達成感でや満足感ではなく、失望感なのです。「おー、分かりやすくなったじゃないか。早速アップして皆さんに喜んでいただこう!」と思うのではなく、なぜか唐突に、「無駄にした時間や労力は一体何だったんだ?」と思い始めてしまうのです。
 
失望を感じ始めたら、もはや一行も書けません。原稿の見直しをする気にもならないので、そのまま放置することになります。ほとぼりが冷めた頃に再び原稿に向き合っても、一度味わった失望感は消えません。ネタを変えて別の原稿を書き始めても、「どうせこの労力も無駄になるに違いない。」と思ってしまって、最後まで書き上げることができません。

 

そんな状態が続くと、「私には能力がないに違いない。」と思い始めます。「これ以上迷惑をかけたら相手に申し訳ない。」という罪悪感にも苛まれます。責任を感じて頑張ろうと思っても、義務感しかないので何も思い浮かびません。
 
ところがです。ふとしたきっかけで近しい先生を誘って勉強会を始めたら、びっくり仰天!文字が浮かぶなんてものではありません。原稿を書けずに苦しんでいたのが嘘のように、そこからうっち~の怒涛の書き込みが始まりました。たった数人のプライベートな勉強会なのに、レッスン・アイディアをシェアし合ったり、先生達の悩みに向き合ったりしているうちに、言葉が堰を切ったように溢れ出して来ました。

 

早朝から深夜まで、時を忘れて思考し、文字を打ち込んで行くことのなんと楽しかったこと!
たった1ヶ月の期間限定ではありましたが、紙上セミナーのような勉強会は、お互いに学び合い、刺激し合い、とても充実した時間となりました。

 

そこで、うっち~は疑問に思いました。原稿料が頂ける仕事は全くはかどらないのに、1円にもならない勉強会に打ち込めたのはなぜだろう?内輪の勉強会にあって“てんこもりブログ”にないものは何だろう?

 

行動経済学者ダン・アリエリー氏は、著書『不合理だからうまくいく』の中でこう書いています。

 

「何かをするのが好きな人たちを集めて、意味のある仕事条件に置けば、仕事をすることで得られる喜びが主なけん引役をなって、自ら進んで労力を費やすだろう。ところが、仕事に同じだけの情熱や意欲をもっていても、意味のない仕事条件に置かれると、仕事から得られるはずの本源的な喜びが、いとも簡単に失われることがあるのだ。(中略)仕事の喜びをやる気に変えられるかどうかは、自分の仕事にどれだけ意味を見いだせるかに、大きくかかっているようだ。」

 

SNS上では、リアルタイムで先生方の反応を知ることができます。常にお互いに励まし合っているので、意欲が低下することもありません。しかし、このてんこもりブログは、出版社を介しているのでフィードバックがありません。多くの先生方に読まれているにもかかわらず、その先生方の存在をうっち~は全く知ることができません。

 

一人っきりの部屋で、一日中パソコンの前に座って、顔の見えない相手のために原稿を書いて、その労力のほとんどを無駄にしていることのなんと空しいこと!そんな気持ちが失望感を生み、その失望感が執筆意欲を完全に失わせていたのです。
 
アリエリー氏は自身の執筆活動についてこう書いています。

 

「ブログ投稿や、論文やこのページの執筆を含め、わたしが生活の中でやっていることの大部分は、自分の労力と、読者が自分の文章に見つけてくれるかもしれない意味とを結びつけようとする、エゴの動機に駆り立てられている。読み手がいなければ、こんなにがんばろうという気にはなれないだろう。」

 

「人間のモチベーションは複雑で、『金のために働く』といった、短絡的な関係に集約することはできないということだ。仕事の意味が労働に及ぼす影響や、労働から意味を奪うことの影響が、わたしたちがふつう思っているよりも、ずっと強力だということを、理解してなくてはいけない。」
 
労働意欲というものは、結局のところ、誰でもなく、自分自身が、自分がやっている仕事にどれだけの意味を見い出せるかなのだと思います。

 

同じことは子供達の学習についても言えます。子供達は英語のゲームで勝つためなら必死で英語を覚えてくれます。でも、その学習に「ゲームに勝って嬉しかった。ゲームに負けて悔しかった。」程度の意味しか見い出せなければ、学習意欲はいずれ低下して行きます。

 

うっち~はレッスン中によく子供達に質問をします。幼児クラスでもいろんな質問をして、幼児達にいろんなことを考えさせて、いろんな話をさせるようにしています。
 
「みんなは何のために英語の勉強をしているの?」
「ぼくはね、大きくなったらね、外国でサッカーしたいの。」
 
「先生は何のためにこのビンゴゲームをやっていると思う?」
「文字を見て英語が読めるようになるため!」
 
「先生は何のために大きな声で発表できるまで合格にしないんだと思う?」
「みんなの前で恥ずかしがらないで話ができるようになるため!」

 

そうやって、幼児の頃からひとつひとつの活動の意味を確認しながらレッスンを進めると、「今日は英語がたくさん覚えられた!」「今日は英語が上手に言えるようになった!」「〇〇ちゃんはこの前より声が大きかった!」など、勝敗とは関係のないところに学習の意味を見い出すようになります。
 
労働者にとっても、学習者にとっても、モチベーションを上げるために必要なのは意味

 

うっち~が失望感に苛まれた日々は、うっち~に様々な気付きをもたらし、うっち~を教師としても、人間としても、大きく成長させてくれました。

 

今、うっち~スクールに通っている子供達の目は、これまで以上にキラキラと輝いています。そして、
うっち~自身も20年前の元気を取り戻し、「毎日楽しくてしょーがねー!」と感じています。

 

そんなパワーアップしたうっち~に会えるのはいつかというと、
それは、6月3日に品川で開催される2018 APRICOT Mates Meeting 5周年記念パーティーです!
当日は北海道から九州まで80名近いMateの先生方が集結するそうですよ。
なんだかとっても楽しみですね。
それでは、パーティーに参加されるMateの皆様、当日会場でお会いしましょう!

 

<2018 APRICOT Mates Meeting 5周年記念パーティー会場>
〒108-0074 東京都港区高輪3丁目13
アクセス 品川駅⇒高輪口⇒品川グース1F⇒ガーデンシティ品川⇒披露宴会場「グリーンウインド(会場が変更になりました!)

 

◆この記事で紹介した行動経済学者ダン・アリエリー氏の情報です。
↓↓↓英語が学べる動画サイト デジタルキャストはこちら

★TED日本語 – ダン・アリエリー: 仕事のやりがいとは何か?(日本語字幕付き)

 

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★ダン・アリエリー氏の公式サイトはこちら
★ダン・アリエリー氏の著書「不合理だからうまくいく」はこちら
 
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