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なかもとと友かな

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ご存じアプリコット出版筆頭著者。 元AIM English Studio (大阪・堺市)主宰。 Learning World series、『キッズ英語絵本シリーズ』等アプリコット出版刊行物多数。 幼児・小・中・高・大学・大人と全年齢層の英語教育実践家で児童英語教師のカリスマ的存在。 APRICOT児童英語教師養成講座講師。Learning World 認定校スーパーバイザー。
  • Vol.14 キッズ英語絵本シリーズ(全10巻)に託した想い 

    アプリコットキッズ英語絵本シリーズ(Picture Books)には、各巻にターゲットの文や語彙が設定されていて、繰り返しが多く、本を読み終えるまでに、ターゲットの文が自然に口から出てくるように構成されています。
    ストーリー展開の場面(situation)にあった英語が身につくのが絵本の魅力です。同時に、このシリーズには、子ども達の自尊心(self-esteem)を高めるメッセージが各ストーリーに入っています。 言語学習には自分を正しく認め、他を受け入れることができるself-esteemの向上が必須だと考えるからです。
    今回は第10巻”What’s this?“に託した私からのメッセージについてお話しましょう。

    2.vol.10

    この絵本は、いろいろな小動物から見た一本の木が題材になっています。木の根元にいるリスは、「これは洞穴だ」と言い、枝の上にいる蛇は「橋」だといい、夏にいる虫は「いいや緑のカーペット」だと言い、秋にいるカマキリは「緑ではなくてオレンジ色のカーペットだ」と言います。冬に空から見た鳥は雪が積もった木を見て「綿菓子」だと言います。

    「木を見て森を見ず」という諺は、部分だけを見て全体を見ないことを諫めていますが、この絵本で伝えたかったことはそうではありません。私が伝えたかったのは、これらの動物達がみんな「間違ったこと」を言っていないということです。それぞれが自分の立場、目線で「それは何か」と一生懸命考えているので、答えは違っていても、みんな正しいのです。

    ある物事、ある出来ことには、一面だけではなく、いろいろな面があり、それを見る人の立場や経験そして、偶然的なcircumstanceによって見え方が異なります。

    経験が未熟な人だから誤った見方をする、ということではなく、 未熟ゆえに、その人にしか見えない見方があるかもしれません。逆に、知識がたくさん入りすぎて見えなくなるものも、たくさんあるのです。

    あなたの生徒が“あなたの考える「間違ったこと」を言った時、少し止まって考えてください。どうしてその子どもがその結論に達したかを。もしかして、その答えの中にあなたが見ることができない”宝石”が隠されているかもしれません。あなたの周りの人があなたと異なった意見を主張した時も、少し考えてください。
    その人の経験、知識、環境、立場を。 もしかしたら、その人の考えはあなたと違うけれど、あなたの意見と同じように正しいかもしれません。

    絵本10巻の「あとがき」に書いてあるメッセージと少し違うって? これを、わたしが、年齢を重ねたための「成熟の過程」ととられていただけると幸い(!?)です。

    Vol.13 APRICOT REUNIONのつどい  

    2000年にアプリコット主催の児童英語教師養成講座が始まり、本年で13年。 修了生も200名を超えました。第1回目から講師を務めさせていただいています。その初期の講義内容をまとめたものが、『実践家からの児童英語教育法』(2004年)全3巻です。私の持論である「レッスンには“言語目標”だけではなく、“コミュニケーション育成のための目標”を必ず設定しなければ使える英語は習得できない」を具現化し、本の中で紹介した活動はすべて“言語目標”と“コミュニケーション能力育成目標”の両方を持つように構成しています。

    大学でも児童英語教育の講座を持ちますが、私の児童英語教師養成講座は、受講対象者がプロの先生でも、大学生でも、必ず「日本の英語教育の失敗の要因」の分析のブレインストーミングから始まります。
    ただ単に幼児、児童のための楽しい歌やゲームを教えても、 中学・高校・大学の英語教育の失敗を理解し改善方法を考えることをせずに小学生に英語を教えても、失敗の教育を早めるにすぎないからです。
    毎回、受講の皆さんが結論づけるTOP3は次の3つです。

    1. 言語としての教育がなされていない。
    2. 英語を話せない(運用できない)先生が多い
    3. 英語の必然性に対しての認識が低い

     

    講義はその後、言語の教え方、教師のあり方、評価等に進んでいきます。

    今年度はAPRICOT PLAZAの日に、東京と大阪で「児童英語教師養成講座」修了生のREUNION & Learning World 認定校の先生方との親睦会が開催されました。

    久々にお会いした先生方は、皆さん第一線で活躍されていて、嬉しい限りです。養成講座終了後、大学院に進まれTESOLの修士を取った方が多いのにも驚きました。その中で大阪、東京共に3人の先生方に、シンポジウム「私の英語教育と今後の英語教育の在り方」のパネラーとして参加していただきました。
    東京のパネラーのお一人、土肥妙子先生は日本の英語能力についての意識の低さをデータを示して分かりやすく説明してくださいました。
    ・韓国のサムソンの管理職に求められるTOEIC点数は920点、
    ・日本のSONYの 管理職に求められる点数は600点。
    ・サムソンの新入社員に求められる点数は900点(求めるTOEIC スコア一覧表(2011年1月版)より)。

    一方、2005年7月18日付の読売新聞によると、TOEIC 730点以上は中学英語教員で8.3%、高校の英語教員16.3%だそうです。
    また、東京・大阪会場共にパネラーを務めて下さった石川県の英会話学校イエローハウスのKierryn Bowring先生は、ご出身のオーストラリアの公的学校の教師研修制度と比較してお話しされ、 学校での雑用を事務のプロに任せ、先生方の担当科目の自己啓発、スキルアップの研修の必要性を提案されました。
    日本の英語教育はまだまだ改善の余地がありますね。

    Vol.12 いじめ問題 その2    

    今年も、教え子達からの子どもの写真入りの年賀状がたくさん届きました。あのやんちゃだった子が、赤ちゃんを抱いてにっこり写真の中で笑っていたり、 悩み多き少女が5人のお母さんに! みんな、「それぞれ」 立派なお父さん、お母さんになっている姿を頼もしく嬉しく思います。 一方で、入試のためお正月どころではなかった生徒、結婚して初めて2人でお正月を迎えた人。元旦から終日仕事だった人。一人でお正月を過ごした人、大勢の親戚と一緒に過ごした人、皆さんそれぞれのお正月を過ごされたかと思います。

    私は、この “それぞれ(each)” という言葉がとても好きです。私たちは、それぞれみんな異なった生活の中で、それぞれの価値感を持って生きています。それは優劣ではなく、個性であり、決して一つの基準で判断されるものではありません。
    自分(他人)や自分(他人)の環境がより優れている(より劣っている)と感じるのではなく、人とは異なっても、それ自身を肯定的に受け入れることが、本人にとっても周りの人にも本当に大切なことです。

    特に、それぞれの生徒を成長させることが目的である教育現場では、100人いれば100通りの教育的目標や指導法があって良いはずです。
    大阪市立桜ノ宮高校の体罰が原因で生徒が自殺した悲しいできごとが世間で騒がれています。マスコミをはじめ、多くのメディアで体罰の是非が取り上げられていますが、この問題は体罰だけの問題なのでしょうか。

    教育の目標はその個人の成長です。 教育の一面として、生徒を脅し、辱め、追い詰めて、教師の思うように生徒を動かすことが肯定されていることが危険です。体罰もいけないけれど、言葉の暴力、態度の暴力は、もっと生徒を追い詰めてしまいます。体罰だけがいけないという一つの基準ではなく、教育現場では、生徒を追い詰めず、生徒が自信をもって前に進んでいける指導のできる人間が、プロの教師です。

     

    教育者として給料をもらっている限り、自分の基準を押し付けず、それぞれの生徒に一番適切な指導法を見つける能力が、教師には必要です。体罰が法律違反だからいけないという単純な Yes or No ではこの問題は解決しないでしょう。

     

    Vol.11 わが著作物と講演の分析  

    アプリコット出版の編集長、新井氏によると、「無秩序に出てくる中本先生のアイデアをまとめるのが大好きです」・・・だそうですが、その弁を聞くたびに「えっ 私ってそんなに無秩序?」と思います。
    確かに、振り返ってみれば、無秩序とまではいかないけれど、自分の原稿や履歴をオーガナイズするのが好きではないことは確かです。著作の原稿にしろ講演原稿にしろ、自分の考えを構築している過程が最も楽しい瞬間で、本が出版されたり講演が終わった頃には、それらはすでに過去のことになっていて、私の好奇心はとっくに次のものに移っているのです。ですので新刊の本を褒めていただいても講演を褒めていただいても、 ピンとこなくて返答に窮する場面がしばしば。(本当にごめんなさい)

    そんな私が、某大学に依頼され業績報告書を作らなければならなくなりました。学会発表、講演、講師、著作などなどたくさんありすぎて覚えていないので、“抜粋”でなんとかごまかし業績報告書を作って送ると、当然ながらもっと詳しく書くように言われました。過去を振り返りオーガナイズするなんて一番苦手なこと。
    「過去の積み重ねが現在であり、そこに努力とビジョンを足して未来がある」のだから、過去なんて振り返っている暇は私にはありません。次の課題をこなすのに忙しいのです。
    そこで元教え子であり、現在公立中学の英語の先生をしている麻実ちゃんに助けてもらうことにしました。「著作報告」の欄では、2人で膨大な資料を調べていくうちにいろいろなことがわかりました。

     

    たとえば、アプリコット出版から出版させて頂いている本の売れ行き。ラーニングワールドシリーズでは Learning World Book 1 が最も多くの先生方にお使い頂いていて、旧版は23刷、「改訂版」は8刷です。次は、WELCOME to Learning World YELLOW で24刷。絵本はA Teddy Bearが1位で14刷。「私の好きな著作物と使って下さっている方が多いのとは必ずしも同じではないね」とか、「うんうん。これはあの箇所を工夫した甲斐があって、先生方に受け入れられている」
    などと楽しくおしゃべりしながら作業を進めることができました。
    次に、「講演」の欄を埋めるべく、過去25年間の私の講演題とサマリー(要約)を見てみると、一貫して、「答えが一つの従来の英語教育を反省し、言語としての英語教育の重要性」を訴えてきたことがわかります。「テストのための英語教育ではなく、自分の考えを構築し、発信するための英語教育」が、40年近く児童英語教育に携わってきた私の、ぶれのない信念です。

     

    講演演題で一番多かったものは「英語を武器にできる日本人」でした。
    残念ながら、私の出身の大阪市では「小学6年生で、英検3級をめざすフォニックスを中心として英語活動」を行うという、訳のわからないことを始めるようです。来年こそは、現行の英語教育のどこに問題があるのかを真剣に考え、言語としての英語教育とは何かを理解してくださる人が一人でも多く出ますように。

     

    Vol.10 児童英語教育を始める前に  

    10月20日、21日の両日には、東京でアプリコット出版主催「児童英語教師養成講座」の講師を務めさせていただき、11月10日からは大阪での全6回コースが始まりました。 2000年に始まったこの講座は、今回で受講生が200人を突破し、責任の重さを痛感しています。

    東京での講座はゼミ方式で受講人数を絞り、短時間(2日間15時間)コースでおこないました。
    全15時間の中で受講生の皆さんにお伝えしたいことが多く、情報量の妥協はしたくないので、ただひたすら喋り続ける結果となりました。
    この児童英語教師養成講座は、実際のゲームや歌を学ぶ前に、まず「日本における従来の英語教育は成功しなかった原因」をbrain stormingをすることから始めます。 現在中学校、高校で行われている英語教育の間違いを理解せずに児童英語教育をはじめても、問題を先送りするだけだと思うからです。 英語教育の到達点は、言葉を使ってグローバルな社会で生きていくことにあります。なぜ、日本の英語教育が成功していないのかをきちんと検証せずに、またはその間違いが わかっていても改善しようとしないまま、公立小学校に英語を導入することに違和感をおぼえます。

    英語教育の問題点を具体的な例からKJ法を使って分析すると、次のような問題点が浮かび上がります。
    1. 社会的側面   ・教える側も習う側も英語の必然性に対する認識が薄い
                 ・多言語社会ではないので、話す機会が少ない

    2.情意的側面    ・積極性に乏しい
                    ・英語を話す人に対するやっかみ
                    ・間違うことに対する抵抗

    3.教授法的側面   ・言語教育ではなく、教科である
                  ・日本人の講師が作る日本人生徒にしかわからない試験問題
                  ・使う必然性のないパターンプラクティスに終始している
                  ・目的が分からない書き換え問題
                  ・長文読解と呼ばれる部分英文分析

     
    上記の問題点の中で、私が一番問題視しているのは「必然性に対する認識が薄い」ということです。 英語を習う理由が、「大学入試に有利なように」「海外旅行をより楽しくするため」「外国人の友達が欲しいから」「道で外国人が困っていた時に助けたい」という単純なものが多い上に、教える側も「まさかヨーロッパ人のように英語が自由に使える 生徒が高校3年生までにできる訳がない」と最初から諦めている様子。

    「第一、先生も英語がそこまで使えない」「日本語と英語の構造が違うから、英語は難しいので学校教育ではその素養を養いましょう」なんて平気な顔で言っているのです。 莫大な予算と生徒の時間を使いながら、英語という技術一つ満足に教えられないのが日本の現状です。

    小手先の工夫だけではなく、根本的に英語教育の流れを変え英語を使える生徒を育てることにもっと執着しましょうよ。 今日本では「原発問題」「エネルギー問題」「経済問題」「自然破壊」「食糧危機」などの問題が山積しています。これらの問題は、世界に共通する問題です。

    地球の一員として、日本社会と日本人がより賢明に生きていく手段として、国際的な情報の授受や議論、協力が必要ですし、その場では英語は必須だということをもっと危機感を持って自覚するべきでしょう。この点に問題意識を持っていなければ小学校から英語を教える意味も資格もありません。

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